【記事】これから経済成長の質が大きく変わる中国

四川大地震の被災地

まるで、「フォロ・ロマーノ」のような光景である。フォロ・ロマーノは、伊ローマにある古代ローマの遺跡群で、神殿、凱旋門などが立ち並ぶ人気観光地である。入口の門をくぐると、崩れかけた建物やがれきの山が続く。ただ、10月18日に私が訪れたのはローマでなく、中国四川省成都から約40kmにある汶川県映秀鎮という村であった。ここは2008年5月に、約8万7000人の犠牲者を出した四川大地震震源地に近く、フォロ・ロマーノに似ているのは、55人の教職員・生徒が亡くなった漩口中学校の校舎跡地のことである。


地震で傾いたままの校舎、積み上がったがれきが我々の眼に迫ってくる。被災した中学生たちは山西省疎開したが、今年3月、旧校舎近くの約1万3000坪の敷地に新校舎ができた。校長は新校舎の素晴らしさを語り、地元役所の幹部は、スイスの一地方のように美しく再建された町並みを自慢する。漩口中学校のがれきの山も今や観光名所である。

 しかし、説明を聞いた私は白けた気分になった。地震当時、中学校舎は手抜き工事が犠牲を拡大したとして、強い批判を浴びた建物である。広島の原爆ドームのように、大惨事でも形が残った建物をモニュメントにするのとはわけが違う。3年前に被災した同地の復興施策に、今の日本が学ぶところがあるかもしれないという期待は残念ながら裏切られた。

 映秀鎮は今の中国の象徴と言える。表面上の派手な経済成長と、その裏に矛盾、問題点が並存する。ただ、今回の中国調査では、日本で報じられているより遥かに大きい中国の底力を感じた。インフレやバブル崩壊懸念よりも成長期待が勝っているのが、今の中国である。

成長著しい四川省成都
 10月17日より、私は経済同友会の2011年度訪中ミッションに参加して、四川省省都成都に向かった。中国西部国際博覧会と西部金融フォーラムに参加することが目的である。成都三国志の魏だったところで、人口は約1400万人、亜熱帯気候の豊かな土地である。中国西南内陸部最大の都市で、今後の中国成長の核と期待されている。1991年、中国初のハイテク開発区に指定された電子・通信、バイオ、食品加工の集積地であり、日本からは大塚製薬、イトーヨーカ堂などが進出している。

 わずか3日間の滞在だったが、下記3点のような現象を観察することができた。

(1)経済成長の強烈なエネルギー
(2)旺盛な外資誘致
(3)中央政府の政策との整合性である。

1. 経済成長の強烈なエネルギー
 今年の中国の実質GDP成長率(前年比)は9%台半ばと予想されており、前年比14%を超えた2007年と比較して、確かに成長は減速している。しかし、名目GDPが昨年、日本を約4000億ドルも上回ったのに、依然10%近い成長を遂げるのは驚異的である。また、中国では、橋、道路、鉄道などのインフラ投資の需要が依然旺盛なことが日本と違う。結果として、人口100万人以上の都市が190カ所もあり、依然、都市化が進んでいる。

 経済成長はインフラ投資だけでなく、商取引も呼び込む。我々が訪問した博覧会は、展示面積が約3万6000坪もあり、昨年の出展社は3153社、入場者数は70万人を超えた。東京ビッグサイトで一番大きい展示場と同じぐらいのスペースが何と6つもある。米国でも、こんな大きな展示会はあまりお目にかかれない。

 出展企業を見ると、中国、先進国以外に、タイ、ベトナムミャンマーカンボジアなど東南アジア諸国や、中央アジアの国の企業が目立つところが、東部と異なった特徴である。アジアの中心である地の利を生かして、シンガポールに対抗した金融拠点になるという目標も、あながち非現実的ではない。

2. 旺盛な外資誘致
 四川省は中国全土平均と比して、かなり高い経済成長を遂げている。日本貿易振興機構(JETRO)によると、2009年の全国平均のGDP成長率は8.7%だが、四川省の成長は14.5%であった。因みに、14%を超えている地域は、四川省と、重慶(14.9%)、内蒙古(16.9%)、天津(16.5%)の四カ所しかない。また、山西省新疆ウイグル自治区を除けば、東北、中・西部の地域は皆、10%以上の成長を遂げている。これに対し、ひとりあたり所得が高い東部は、天津、山東省、福建省江蘇省を除けば、おおむね全国平均前後の成長率しかない(それでもかなり高いが)。

 要するに、先行して開発された東部地域に対抗するように、中・西部で激しい外資企業誘致合戦が行われているのである。今回、我々訪中団は大きな歓待を受けた。昼間、会議間のバス移動は総てパトカーの先導が付いた。中国の大都市はどこも激しい交通渋滞があるのだが、我々のバスのために、警察官が一般車両の通行を規制して道を空けてくれたのである。経済同友会は日本の三大経営団体のひとつではあるが、北京や上海でこのような厚遇を受けることは稀である。四川省成都市は、まだ日本企業を「お客さん」とみなしているのだろう。しかし、欧米、韓国企業よりも、日本企業の投資意思決定のスピードが遅いとみなされれば、彼等の日本に対する態度が変わるのも時間の問題と思われる。

 成都は「中西部地域加工業移転促進指定都市」であるが、重慶昆明西安、綿陽、宣昌など、西部には同じ指定を受けている都市が多く、外資誘致競争が起きている。どこに行っても、「我々の地域の投資環境が中国一である」という説明を聞かせられることになる。

3. 中央政府の政策との整合性
 1990年代半ばから目覚ましい経済成長を続けてきた中国だが、既に曲がり角を迎え、今後は成長の質が大きく変わることになる。その方向性を明確に示しているのが、2011−2015年の「第12次五カ年計画」である。中国の五カ年計画は全62章で構成される膨大なものだが、重要なポイントを整理すると、下記のようになる。

1) 経済発展モデルの転換:やみくもに成長を目指すのではなく、環境保護や省エネなどを伴った質の高い成長を志向する。

2) 内需拡大外資導入、輸出に頼るのではなく、国内の市場を成長させる。

3) 民生優先:成長維持から、所得分配、雇用、医療、教育、社会保障重視への転換を行う。

 これら方針の結果として、既に成長を遂げた東部では、付加価値が高いハイテク産業の振興が求められ、これまでの成長をけん引したローテク製品は中・西部に移転されることになる。このことが、インフレ抑制、所得分配、内需拡大に役立つからである。成都などで起きているバブルのような投資ブームは、第12次五カ年計画の基本方針にぴったりとマッチする。この傾向は、少なくとも、2015年まで続くのである。

 日本では中国経済の成長の陰りを指摘する人が多いが、今回、かなり異なった状況を確認することができた。また、貧困層少数民族の暴動など、中国では大した問題になっていないことも分かった。これだけ成長期待があると、皆が将来への希望を持つからである。

中国の経済成長のアキレス腱
 しかし、政府の計画を阻害する懸念点もいくつかある。

1) 急激な経済成長に伴うインフレ

2) もはや制御不能なまでに積み上がった外貨準備

3) 経済構造転換の困難さ

 インフレ制御のために、金利の引き上げと預金準備率引き上げが継続されているが、今回訪問した北京の国家発展改革委員会は、膨大な外貨準備を中国経済の最大のアキレス腱とみなしているようである。貿易黒字、海外直接投資、外国からの「ホットマネー」の流入によって、今年、中国の外貨準備は3兆2000億ドルという凄まじいレベルに達した。10年間で約13倍に増え、今や日本の準備高の2.7倍となっている。もし、ドルが暴落すると、中国人民銀行中央銀行)の対外資産が棄損して債務超過となってしまう。これを防ぐには人民元の市場を開放せざるを得ないが、そうすると、輸出に不利な元高になってしまう。したがって市場開放をためらうと、外貨準備がさらに積み上がるというジレンマを抱えているのである。

 最後に、五カ年計画が目標とする経済構造の転換は、いくら中国のような統制国家でも、簡単ではないことを指摘したい。まず、産業を地域移転させるといっても、中国経済の規模は大きくなり過ぎている。また、内需拡大すれば良いといっても、輸出頼みの経済からの脱却は難しい。現に、日本は内需拡大に失敗してきた。1986年の「前川レポート」で優先目標に掲げられて25年経っても、大した変化は見られない。さらに、ハイテク振興するといっても、外資を誘致すれば良いわけではない。基礎研究の実用化に時間がかかることは、日本が何十年も味わってきた難題である。

 ただ、多くの問題を抱えながらも、中国経済は前に進んでいくと思う。我々は、この偉大な隣人たちとの経済的なつながりを減らす選択肢は最早ないだろう。

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尾崎弘之 東京工科大学大学院ビジネススクール教授


Photo by M.Izukura
 昨年6月からWSJ日本版に連載開始。著書「環境ビジネス5つの誤解」(日本経済新聞出版社)が1月13日に出版。クリーンエネルギー、電気自動車、水などの5分野に関して誤解を指摘し、問題の解決方法を分析する。

 東京大学法学部卒、ニューヨーク大学MBA、早稲田大学博士。野村證券NY現地法人モルガン・スタンレー証券バイス・プレジデント、ゴールドマン・ サックス投信執行役員を歴任後、ベンチャービジネスに転身。2005年から現職。専門分野は環境ビジネス、金融市場論、ベンチャー企業経営論など。主な著 書は「出世力」(集英社インターナショナル)、「次世代環境ビジネス」「投資銀行は本当に死んだのか」(いずれも日本経済新聞出版)。http://hiroyukiozaki.jp/


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